化粧品研究者こまっきーの語り部屋

化粧品研究者こまっきーが普段考えていることを書き留める、日記のようなもの。

残暑の病は気から


病は気から。
この言葉は残暑に出来たのではないか。朝ごはんを食べて、洗濯物を干しているとき、そう思った。
お盆より、夏真っ只中よりは朝も日中も明らかに涼しくなっている。なんといっても風が涼しい。それでも残暑と言われるこの時期は「早く涼しくなってくれないか。」と思ってしまう。

「これこそ、病は気から」ではないだろうか。

日中はまだまだ暑い気温ではあるけれど、朝晩は明らかに涼しくて、日中でも風にその名残が残っている。
夏真っ只中はお盆もあるのでイベントがあったり、旅行やアクティブなことが多く、テンションも上がっていて、夏の暑さよりも楽しさが勝っている。
お盆が明けて仕事などが始まると、身体が思い出したかのように疲れを感じ、気分も身体もダルくて「夏よ、早く過ぎてくれ。」と願う。

僕の好きな推理小説作家である早瀬耕さんの作品“未必のマクベス”にこんな言葉がある。

“街の季節というのは、地球の自転軸の傾きや、大陸や海流を渡る風が決めるものでなく、その街に住む人の気持ちが変えていくものだと思う。”

“東京であれば、イチョウの葉が黄金色に変わるから秋が訪れるのではなく、イチョウの樹を見上げる気持ちが、夏を秋に変えていくのだ。”

読んだときは納得というよりは、なんか気になる文章だったので、そのページに付箋を貼った。
今はなんとなく理解出来るかもしれない。
残暑の気だるさは、気から。人々の気持ちが夏と同じように上向きなれば、気だるさが抜けるのかもしれない。しかし、そうはならないだろう。
気分は上がって、下がるもの。上げ続けることも、一定をキープすることも出来ない。
まして、自分にとって特別なイベントや出来事、予定があった後はどこか心ここにあらず、下がるというよりも、ぽっかりと穴が空いている人もいるだろう。終わってしまった予定を振り返って「楽しかったなあ」と思い出に浸る。

それでも、お盆があけると仕事に行かなくてはならない。
心はまだ帰ってきていないのに、身体だけ動いている。

そんな色んな人達の心境が残暑の疲れであったり、気だるさやなんか気持ちが締まらない、そんな雰囲気にさせているのかもしれない。

残暑の病は気から。

と前に言葉を付け足して、気持ちを切り替えようとしても難しく、ただ過ぎ去るのを待つしかない季節。
過ぎ去ってほしい気持ちと、まだ夏の思い出に浸っていたい気持ちが引っ張りあって、残暑は長引いている。

-化粧品研究者こまっきー

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