化粧品研究者こまっきーの語り部屋

化粧品研究者こまっきーが普段考えていることを書き留める、日記のようなもの。

参考にはするけど、誰の意見も信じない。

僕たちは物事を決める時、調べたりして、他の人から入ってきた情報を頼りにどうするかを決めます。
学校で教わることだってそうです。
学校で教わることは正しく間違いがないと考えているから、なんの疑問も持ちませんが、僕は一度だけ間違っていると思ったことがあります。

それは高校2年生の現代国語の授業で、村上春樹の“カンガルー日和”という短編小説についてのときでした。
カンガルー日和とは、僕と彼女がカンガルーの赤ちゃんのことを新聞で知り、動物園に行くという何気ない日常のやり取りです。
細かくは覚えていませんが、僕はこれを読んで、村上春樹は何気ない日常にも様々な疑問や自分たちの社会に似たような構造あることや、またはそれを皮肉っているような表現をしていると解釈したのですが、先生はそうではありませんでした。

ただ単純に書いてあることをそのままその通りに解説しました。
なにも考察していないので、解説もなにもないのですが、そのまま書いてあること以上に解説することがないのであれば、実につまらない小説だと思いました。
有名な小説家の文章がそんなはずはない。もっと深読みするべきだ。村上春樹自身は特に深い意味はないと発言していても、作者に意図していなくとも、作者がなぜこの短編を書いたのかを考察してみるべきだと、授業を聴きながら悶々とした気持ちになりました。

おそらくあの頃から、僕は周りの意見をそのまま取り入れたとしても、それは自分が納得したから、自分が選んだから取り入れたのだと考えるようになったと思います。

参考にはするけど、誰の意見も信じない。

普段見ているSNSのインスタグラマーがオススメする飲食店に行って、美味しくなくても自分のせいです。
オススメをしたアカウントのせいではありません。
◯◯が良いと聞いて買って、自分には合わなかっても、失敗したと思っても自分のせいです。
流行りに乗って買った服が1年後には流行が変わっていて、去年流行った服が着れなくなっても自分のせいです。
その流行が悪いわけではありません。

世の中の情報は全て人づてに、他人から入ってくるものです。
SNSや新聞やテレビのように対面でなくても、それを書いて発信しているのは人です。
AIだって人が設定した方針に従っています。
つまり、情報は発信者の考えが含まれていたり、インスタグラマーのように収入を得て発信しています。

そういう情報をそのまま鵜呑みにし、失敗するたびに「あの人のオススメやったのに!」「テレビがそういうから!」と発信している人のせいにしていると、なんの成長もありません。
そして発信している人には何の痛手もなく、信じて失敗した側にだけ失敗や金銭的な負担などが発生します。

それでも何か知りたい時は調べて、人が作ったものから情報を得るしか方法はありません。
情報の良し悪しは人が作ったものからしか判断する方法はありません。
その情報と自分の持っている知識、経験から判断するしかないのです。

なので、あくまで自分が選んだことであると考えるようにしています。
信じた他人の意見は、信じた時点で自分のものにしています。

情報をそのまま取り入れていると、流行や発信者の意向に流されてしまいます。
失敗しても困るのは自分だけです。
そこに知識と経験を入れて、情報を自分のものにして選択していくと、たとえ失敗してもそれは経験値となります。
情報を自分のものにするかしないか、失敗を発信者のせいにするかしないかで、得る経験値も変わってきます。

沢山の失敗をすると、情報は結構無責任であることに気づきます。
多分みんな気づいています。
それでも同じ失敗を繰り返してしまうのは、情報を自分のものにせず、知識と経験で判断せず、情報の推しの強さに流されているからでしょう。

参考にはしても、誰の意見も信じずに、知識と経験を使って自分で納得して情報を取り入れてみてください。

僕もまだまだですが、失敗しても痛むのは自分だけであることに気づいてからは、相手のせいにせずに、自分の選択ミスの原因を考えるように日々努めています。

化粧品研究者こまっきー

P.S.
スーパーで買った野菜が傷んでいた時は、スーパーのせいにするか、自分の目利きのなさのせいにするかいつも悩みます。あれは目利きがあれば見分けられるのでしょうか。

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