化粧品研究者こまっきーの語り部屋

化粧品研究者こまっきーが普段考えていることを書き留める、日記のようなもの。

SNSの怖いところ。

SNSは怖いところです。
Xにはフォローしている人のツイートを見る欄とおすすめ欄の2つのツイート一覧があります。
おすすめの一覧では自分がフォローしている人だけでなく、フォローしている人と同じような投稿をしている人のツイートが出てきます。
自分で探さなくても新たなアカウントのツイートを見つけることが出来ます。
実際には探していないので見つけてもいないのですが、見つけた感覚になっています。
その見つけた投稿はフォローしている人と同じような投稿ですので、自分と意見が一致していることが多いです。
おすすめに上がってくる新たなアカウントが自分と同じような考えであるたびに、どこかで「自分の考えは間違っていない。」と思い込んでしまいます。
さらに、同じ意見の人とコミュニケーションをとり、仲良くなってグループの一員になればなるほど、同じ意見以外の意見を取り入れることが難しくなります。

同じ意見の中にいるのは、居心地がいいものです。
誰しも「あなたの考えは間違っている!」と言われるよりは、「私もそう思う!」と同感してもらった方が気分が良いと思います。
Xでは、「私もそう思う!」の集まりが簡単にたくさんの人数と繋がることができます。
すると居心地が良すぎて、それ以外の世界を見ないようになってしまいます。

テレビを見ていた時は、ちょっと違いました。
テレビはテレビの視点で発信しており、自分にとって居心地の良い番組と居心地の悪い番組があったはずです。
僕だと、大人数のバライティ番組は苦手でした。
数人の対談形式の番組は見ていて楽しいのですが、大人数になると皆で盛り上げようとします。
盛り上げるというよりは、その場の空気感に合わせようといった風で、そんなに面白くなくても誰かのボケにみんなが笑っているシーンはよくありますが、それが見ていて嫌な感じでした。
それでも家族でひな壇システムのバライティ番組を観たい人がいると、リビングではその番組が流れます。
自分は居心地が悪くとも、食事中であったり、ちょっと団欒中であれば、その場から抜け出しにくいです。
すると自然と居心地の悪いものを観ていました。
今ではTVerやYouTubeでテレビの番組が観れるので、わざわざリビングでテレビをつけて観ることは減っています。自分が好きな番組でも嫌いな人がいれば「まあ後でTVerで観ればいっか。」となります。
好きな番組はそれぞれでスマホで観ればいい。
わざわざ集まって、好きでもない番組を観なくて良くなりました。
最近はテレビのことを悪くいう人が多いですが、僕はSNSと比べてテレビは居心地の悪さもあったなと感じています。

InstagramもXと同じようになっています。
フォローしている人の投稿欄とおすすめの欄があります。
おすすめ欄はフォローしている人や最近検索したワードに近い投稿を表示しています。Instagramのおすすめ欄にはフォロワーは表示されていません。
Instagramのシステムはコロコロ変わっていて、最近はフォロワーの欄におすすめ欄が混ざるようになりました。
おすすめ欄やハッシュタグ検索では、最新の投稿を見ることが出来ず、ざっくり人気の投稿が表示されるようになりました。
するとハッシュタグで検索しても、変わり映えがありません。
おすすめ欄も同じような投稿ばかりで、変わり映えがなくなりました。
自分がフォローしている、調べている内容を反映しておすすめ欄があるはずなのですが、変わり映えしないので、観ていると飽きてきます。
新たなアカウントを探そうと思っても、人気の投稿、つまり人気のアカウントの投稿ばかりが上位に上がってくるので「その人たちのは観たことある。他のアカウントを見つけたいねん。」と思ってしまいます。

InstagramもかつてはXと同じように、同じ意見や同じ趣味のアカウントを結びつけるような場所でした。
僕も実際に、写真が撮るのが好きな人と仲良くなって、一緒に写真を撮りに行ったことがあります。
今のおすすめ欄では新たなアカウントの発見が難しくなっていて、今のInstagramは閉鎖的に感じています。

おすすめ欄が同じような投稿ばかりなのも、考え方を変えれば、同じ意見ばかりになっていると考えられます。
ハッシュタグで調べれば、新しい順で投稿を観ることが出来て、新たな発見が生まれることがあります。新たな発見は自分にとって居心地の良い空間だけど、自分には思いつかなかった発見の時もありますし、自分のとって居心地の悪い発見の時もありました。
Xはおすすめ欄を居心地の良い場所にしましたが、Instagramは閉鎖的空間にして居心地の良い場所をつくりました。
どちらもやり方は違いますが、居心地の悪い空間に触れないようになっています。

これがSNSの怖いところです。
他人と意見がピッタリ一致することなんてなく、むしろ違う考えであることが殆どです。
家族で旅行に出かけても、それぞれ行きたい場所があって、皆が楽しめるように予定を組むように、どこかで折り合いをつけていかなくてはいけません。
それなのに、SNSでは違う意見の人と混ざり合うことがないので、SNS内では折り合いがありません。違う意見の投稿を見つけると、相手の考えも聞かずに相手に対して批判的な投稿をします。その後やり取りがあっても、意見交換というよりも、意見のぶつけ合いで収集がつかなくなることが殆どです。

これがレーシングゲームでは猛スピードで車を走らせているけれど、リアルで走っている時はちゃんとスピード規制を守っているように、ゲームではモンスターを倒すけれど、リアルでは殺さないように、ゲームとリアルの区別が出来ていれば、SNSでの居心地の良さはSNSだからと思えますが、実際はそうではありません。
SNSの居心地の良さに慣れてしまうと、リアルでも居心地の良さを求める傾向にあります。
自然と入ってくる居心地の悪い物事を受け入れることが出来ずに、SNSで批判的な投稿をするように、猛烈に否定してしまいます。
リアルでも受け入れることが出来なくなっています。

最近は会社だけでなく、市役所などの行政でも若者がすぐに辞めるのを防ぐために、何か手を打とうとしています。
会社は先にやって、失敗しています。
若者の感覚に合わせようとして、若者のわがままを取り入れてしまっています。
会社を若者にとって居心地の良い空間にしようとすればするほど、会社の環境は悪くなり、社員は成長しなくなります。
居心地の良い空間とは注意されないことです。
怒られない空間です。
注意されない空間で成長できるはずがありません。
今の人材不足は、能力不足であり、それは社員が辞めないように社員に寄り添って居心地の良い空間作りをした結果ではないでしょうか。

SNSと会社が社員に寄り添う流れは関係ないと思うかもしれませんが、大きな流れは一致している限り、どちらも生活の流れに入っている限り、関係はあると思います。
平成に入って怒らない教育へとシフトしましたが、その傾向を更に加速させたのはSNSであり、居心地の良い環境にどっぷり浸かってしまったからではないでしょうか。
SNSは怖い部分を理解した上で、注意しながら使うべきだと思います。

化粧品研究者こまっきー

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