僕が小学生の頃は近所付き合いというのが、まだありました。
近所と言っても結構広くて、家の周りや同じ町内だけではありません。
友達の親と自分の親が仲良ければ、友達の住む町内は近所付き合いのようになります。
祖母が同じ最寄駅に住んでいたので、祖母が住んでいる町内も、祖母の友達が住んでいる町内も近所付き合いの範囲内でした。
会えば挨拶をし、時にお菓子やジュースをもらったり、怒られたりしていました。
お菓子やジュースをもらった時は母に報告しないといけませんでした。
母に報告をして、母はお菓子をくれた人にお礼の電話をしていました。
お菓子を貰ったら報告していたので、友達の家に遊びに行った時も同じようにお礼の電話をしていたと思います。
「えらい長い間子供見てもらって、悪いなあ。」みたいなことを話していたと思います。
「そんな電話わざわざいるか?」と思いますが、大人になって考えてみると、結構大変なことだっただろうなと思います。
友達と僕の二人の時もありましたが、大抵は5、6人くらい集まって遊んでいました。
みんなでNintendo64の大乱闘スマッシュブラザーズ(スマブラ)をしたり、当時流行っていたベイブレードというおもちゃで相手の駒をスタジアムから弾き出した方が勝ちという遊びをしていました。
遊戯王やデュエル・マスターズというカードゲームはどこででも出来るからか、家の外で遊んでいたように思います。
子供が5、6人も家に来て、テレビゲームをする時はリビングで、ベイブレードをする時は友達の部屋で遊んでいました。
友達のお母さんは子供たちが家に遊びにくると、ジュースやお菓子を出したり、子供たちが喧嘩して暴れていないか、見ていないようでちゃんと見ておかないといけません。
子供の部屋にテレビがある家なんて殆どなかったので、テレビゲームをするときはリビングでゲームをしていました。
その時に親がリビングにいると、遊びに来た子供達が遠慮してしまうので、親はリビングから離れていないといけません。
それが昼過ぎから夕方まで続くのですから、結構大変だっただろうなと、今となっては母が夜にお礼の電話をしていた理由が分かります。
祖母の友達や町内の人は時々野菜をくれました。
春になればたけのこ狩りに行くのが好きな近所のおじさんが、毎年たけのこをくれていました。秋なれば栗拾いに行った祖母の友達が、「祖母と僕たちの家族にも。」と言って、2家族分の栗をくれました。
何かもらうたびに、母からは「会ったらちゃんとお礼言いや。」と言われていたので、たけのこの美味しさがイマイチわからなかった僕は、怒られたくなかったので、会った時はとりあえずお礼を言っていました。
近所付き合いと言っても、町内や同じ道沿いの家だけではなく、校区内全てが近所付き合いの対象になっていました。
いつどこで会うかわからないので、「会ったらお礼言わなきゃ。」と思いながら道を歩きます。
「知っている人に会ったら挨拶しなくちゃ。」と思いながら道を歩き、自分が気になるものがあればそれに釣られて歩いていました。
今思えば、結構いろんな大人と交流していたみたいです。
たけのこや栗をもらえると嬉しいですが、その分お礼の電話もしたり、ときには自分もどこかに行った時にはお土産を買うことを覚えておかないとといけません。
近所付き合いは物々交換が目的ではなく、何かあった時に助け合えるように日々交流しているのですが、専業主婦が減り、面倒だと思う人が増えて、近所付き合いは縮小していきました。
これから人口は減っていきます。
国も少し前までは増やすことを考えていましたが、最近は減る前提で、社会をどう回していくかを考えています。
そこで出てくるのがAIです。
しかし、AIが全てを請け負ってくれることはないでしょう。
僕たちにはAIが持っていない心というものがありますので、AIに心を理解してもらうことはできません。
ですので、必ず人と人とも付き合いが必要です。
あれだけ在宅ワークが進んで、Web会議のシステムが発達しても、僕たちは会おうとします。
それは機械を通してでは、伝わらないことがあるのでしょう。
同じ話をしているのに、直に話さないと伝わらないことがあるからこそ、僕たちは再び、会う機会を増やすようになりました。
仕事でもWeb会議を利用する場合は、遠方でどうしても会えない場合か、電話する感覚で言葉のキャッチボールをするときのみで、それ以上に伝えたいことがある時は実際会うようになっています。
どれだけ技術が発達しても、機械には侵入できない領域が人にはあるようです。
それは、面倒くさくて、やめてしまった近所付き合いの領域ではないかと思います。
人口が減り、AIが発達して、生活に困ることは無くなる社会になればなるほど、近所付き合いは再び普及していくのかもしれません。
化粧品研究者こまっきー
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