化粧品研究者こまっきーの語り部屋

化粧品研究者こまっきーが普段考えていることを書き留める、日記のようなもの。

国の安定に敵の存在は必ず必要なのか。

大学生の頃に伊坂幸太郎さんの“夜の国のクーパー”という本が発売されました。
僕は同じ本を何回も読むので、買ってから今までに4、5回読み直していますが、その度に印象に残るシーンがあります。
それは権威を守るために、“外側に危険で恐ろしい敵を用意すること。”という言葉です。
外側に危険で恐ろしい敵を用意した上で、「『大丈夫だ。私がおまえたちのその危険から守ってあげよう。』と言えば、権威は保たれ、反抗する人間は減る。」と話すシーンがあります。

確かに今、権力の話になると常に敵がいます。
日本の国会でも与党と野党に分かれています。
野党は常に与党がダメだということばかり言います。
“夜の国のクーパー”のシーンに照らし合わせてみると、野党は与党という敵を作って、民衆を味方につけようとしているようにみえます。
YouTubeで話している時は仲良く喋っているのに、「あれは難しい課題だよね。」なんて話しているのに、国会に入るとまるで日頃からバチバチ火花を散らしているかのようなやり取りをしています。
僕は国会という政治劇を見せられているような気分です。

それだったら、わざわざ敵扱いしなくても、もちつもたれつで協力できるところは協力するし、自分たちの言いたいことは強く発信する。それだけで良いんじゃないかと思います。
なんでもかんでも与党がダメで、今の自民党と公明党が過半数を超えていることが問題だから、いくら僕たちが頑張っても数には勝てないんです。だから「我が党に強き一票を!」と言い続けてきた割には、結局去年の衆議院選挙で野党の誰も与党になろうとしませんでした。自民公明が過半数割れをしたので、そこで与党に入れば、どの野党よりも自分たちの意見を政策に組み込みやすくなるのに、そうはしませんでした。

また、立憲民主党の野田さんが声をかけても、誰も応じませんでした。それまでの立憲民主党のやり方に問題があったのはありましたが、協力すれば与党になれたわけです。「数が少ないから声が届かない。」なんて言うなら、少ないながらも与党になれるチャンスを逃さないはずです。
しかし現実は過半数割れの与党という構造で、新しい政治がスタートしました。

僕は個人的に、これはこれで良いのでは無いかと思います。
批判ばかりしていた野党にも、部分的に政策に参加できるチャンスがあるわけですので、今までみたいに批判ばかり発信していられません。国民からみても、「過半数割れてるんだから、与党だけでなく、野党にも責任がある。」と感じます。
なのでただ批判するだけではなく、協力するところは協力する、ダメなところはダメと言う、そんなことはせずに相変わらず批判ばかりしている人はダメな人に見えるので、今までよりも政治家の良い悪いの判断がしやすくなってのではないかと思います。
強く発信した割には、たいした結果が出せなかった場合、それは与党よりも知識が不足していたことによる提案不足で説得出来なかった。とも考えられますので、選挙の後を追いかけていけば、次の選挙の参考にすごくなると思います。

外に敵を作るのは日本だけではなく、アメリカも同じようなことをしています。
バイデン大統領だったときは、トランプはずっと悪者扱いでした。
ところがトランプ大統領になったら、今度はバイデンが悪者扱いになり、ウクライナのゼレンスキーを独裁者呼ばわりしました。
アメリカをダメにしたのはコイツらだから、コイツらを始末すれば、国は再び偉大になる。というわけです。

僕はRFK Jr.の“人類を裏切った男”という本を読んだことがあります。
そこにはアメリカが衰退した原因が書かれていました。
その原因から考えれば、今トランプ大統領がやっていることはアメリカが衰退した原因を排除していると考えられます。
そういう人たちを敵とみなして、「お前たちのせいでアメリカはこんなにも腐敗していまった。」と言って、排除したり関税をかけたりしていると、アメリカ国民は「アイツらのせいで仕事が無くなったんだ!」とか「アイツらが甘い蜜を吸うからこんなに働いているのに生活が苦しいんだ!」と思うのでしょう。

このやり方はいつまで続くのでしょうか。
今は中国やメキシコのせいに出来ていても、アメリカ国内の生産能力が上がり、生活が安定してきた時、どうするのでしょうか。
人は欲張りなもので、前よりも生活が安定してきても、次の贅沢を求めます。
「毎月の生活を考えることがなくなった。」と思えば、次は「旅行に行きたい。」「ブランドのバッグが欲しい。」と次々に欲求が出てきます。
すると、以前よりも安定していても、自分の生活に変化がなければ政治家を批判的にみるようになるでしょう。

これは日本も同じです。
平成元年から30年経って、パソコンや携帯電話の時代よりも最先端の機械を持つ人が多くなりました。今や国民の97%がスマホを持っています。
平成初期にはエアコンをつけることは贅沢だったのが、今では当たり前になっています。
収入が増えたから今までの贅沢品に手を出すようになったわけではなく、みんな使っているらしいから手を出すようになったので、気がつけば生活が苦しくなっています。
電動自転車、小型扇風機などの便利グッズ、楽できるやつ、ちょっとしたものの爆買い、増えた外食など、そういうアイテムやそういう行動は結構あります。
苦しいのは税金のせいという説もありますが、自分たちにも原因があると僕は思います。
日本は自民党があまりにも強かったので、国内で敵を作りましたが、そうしているうちに今は野党も国民の敵になる可能性が出てきています。
アメリカも国の安定のために敵を作るやり方をしていては、いつかは自分のところへ帰ってくるでしょう。

敵を作って、「コイツらが悪いんだ!」というやり方は、敵が敵である限り有効ですが、敵というほどの力が無くなれば、また別の敵を探さ続けなくてはいけません。
今の過半数割れの国会は野党からすれば、与党という敵が数で見れば敵というほどでは無くなっています。
日本ではなんとか新たな敵を作らずに、折り合いをつけて上手くやっていくシステムに切り替わろうとしています。
僕はその方がちゃんと話し合いが出来て、ダメな政治家が分かっていいと思っていますが、そのときに国民の思考が変わっていなければ、政治家がちゃんとやっていることを発信できなければ、与党も野党もダメだと思われるでしょう。
そういう意味では、結構きわどいところにいるとも考えられます。

そういえば、“夜の国のクーパー”に出てくる「『大丈夫だ。私がおまえたちのその危険から守ってあげよう。』と言えば、権威は保たれ、反抗する人間は減る。」と言っていた王様の国は、その後どうなったのでしょうか。
また近頃、読み直したくなりました。

化粧品研究者こまっきー

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