化粧品研究者こまっきーの語り部屋

化粧品研究者こまっきーが普段考えていることを書き留める、日記のようなもの。

「おかえりなさい。」のない世界。

「ただいま。」とくれば、「おかえりなさい。」であると、誰もがそう思うことでしょう。
ところが「おかえりなさい。」が全国的にかなり減少しています。

まず最初に減ったのは、一人暮らしが増えたからです。
一人暮らしと言えば大学生の一人暮らし、サラリーマンの単身赴任や転勤に社会人のひとり暮らしなどですが、特に増えたのは社会人の一人暮らしです。
実家から通える範囲の仕事場でも、関係なく「一人暮らしがしたい。」と考える人が多くなりました。
90年代以降、日本の人口は殆ど変わっていませんが、一人暮らし世帯は320世帯から年々増加し、今では625世帯と約2倍も増えています。
僕は転勤で少しだけ一人暮らしをしたことがありますが、「ただいま。」と言って「おかえりなさい。」が返ってこないことや、一人でご飯を食べることはこんなにも寂しいものなのかと痛感しました。

次は共働きです。
専業主婦が当たり前だった僕の幼少期は、家に帰ると必ず母がいました。小学校から帰ってきて「ただいま。」と言うと、「おかえり。」と返ってきて、その後に「宿題やってから遊びに行きや。」と言われていました。宿題を先にやらなくていい友達達は先に遊んでいて、「なんで皆は後で宿題やってるのに、先にやらなアカンねん。」と遊びに置いていかれることへの焦りと融通の効かない母への怒りが混ざって良くわからない苛立ちがあったことを今でも覚えています。

友達の家に遊びに行っても、大抵はお母さんが家にいて、「こんにちは。お邪魔します。」と言うと「いらっしゃい。」と返ってきて、友達と部屋で遊んでいるとジュースとお菓子を持ってきてくれました。

あの頃はまだ自分の子供の友達を叱ることになんの異論もなく、お母さん達は自分の子供もその友達も同じ子供として捉えて叱っていたように思います。
「叱っていいのだろうか?」と考えるお母さんは殆どおらず、自分の子供と一緒に僕も起こられていました。それも各家庭、各お母さんごとに基準が違いました。
友達の部屋でゲームしていたら、急にお母さんが入ってきて「いつまでゲームしてんねん。外に遊びに行ってこい!」と怒鳴られた記憶があります。

今は「子供の友達を叱ってもいいのだろうか?」と悩む親が多いみたいで、叱り方も優しくなっているみたいです。その背景には社会の空気感による遠慮と、共働きによる疲れで注意することへの気力がないことが原因だと考えられます。

友達の親から怒られると、その親の観点を学ぶことが出来ます。「自分の親はこんなことでは怒らへんけど、これで怒る人もおるんやな。」と人それぞれを学ぶことが出来るので、怒られることは良いことです。そして怒る時はその怒りに比例するべきで、沸点まで達しているのに、優しく怒る必要もないでしょう。子供は感覚重視ですから、感覚を捻じ曲げて伝えてはいけないと思います。

今は共働きが当たり前であるならば、小学生は一体どこでどんな遊びをしているのでしょうか?
親のいない家に勝手に上がり込むわけにはいきませんし、僕の幼少期のようにサッカーや野球が自由に出来る公園もありません。

子供が家に帰って「ただいま。」と言っても「おかえりなさい。」と返ってくることは、かなり減りました。

最後は高齢化です。
一人暮らしが増えた原因に若者だけでなく、高齢者の一人暮らしも増えました。一人暮らしでもコミュニケーションがあればいいのですが、ご近所付き合いが減った結果、家に帰った時というよりも、買い物をして近所まで帰ってきたときのご近所さんの「おかえりなさい。」のような「こんにちは。」という声が減りました。

日本中、誰に聞いても「ただいま。」とくれば「おかえりなさい。」と答えるでしょう。
しかし、現実は「ただいま。」はあってもその声の先は暗闇で、「おかえりなさい。」が帰ってこない世界になりつつあるのです。

化粧品研究者こまっきー

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