化粧品研究者こまっきーの語り部屋

化粧品研究者こまっきーが普段考えていることを書き留める、日記のようなもの。

限定のテンプレート化

「日本人は“限定”が好きだから。」とコンサルの人が言います。
だから限定感を出して商品を売ると。
「そんなん。なんでもかんでも限定にすりゃあ良いってもんじゃあ。」と思っていたら、友達と梅田に出かけて、帰りにデパ地下に寄ると「あ、これ1日100個限定やねんて。」と興味を示したので、ビックリしました。
買う買わないはさて置き、とりあえず限定に目が行くのは本当のようです。

僕なんかは世の中にこれだけ“限定”が溢れかえっていたら、限定が別に特別なことではなくなっているように思うのですが、まだ“限定”には特別感があるようです。

つい先日も「このメールを受け取った人だけの限定クーポン!」というメールが届きまして、「そんなわけあるかい。」と1人でiPhoneに向かってツッコミを入れました。

1日100個というのは、おそらく1日で間違いなく売り切れる数が100個で、それをただ“限定”と称しているだけだと思うのですが、毎日売切れている、または夕方にはそれだけ無くなっているのを見て、「やっぱり人気なんやわ。」と勘違いしてしまいます。

全部が“限定”で夕方早々に売り切れてしまえば、そこで閉店ガラガラです。お客さんが来ても売るものが無くなってしまいます。なので“限定”以外は余裕を持って作っています。つまり、“限定”か“限定じゃない”かは作る量という分母が違うのですが、皆さんは分子だけで判断してしまっているようです。

分子だけ見ているというのは“限定”だけじゃなくて、他のところでも分子だけを見ている傾向があります。「前より給料がいいところに転職したけど、仕事が大変でシンドい。」と愚痴るのは、転職の際に給料しかみていないからそうなってしまうわけです。分母は給料、会社までの距離、仕事時間、仕事の精神的または肉体的な負担など分母の要素は沢山あるはずですが、転職のときは自分が今気に入らないところだけを分母にしてしまいがちです。

人数を数えるときもそうです。各都道府県で何かの人数を数える時、東京の1000人と沖縄の1000人は同じではありません。
東京の人口は約1400万人、沖縄は約145万人ですから、
東京は1000/1400万人、沖縄は1000/145万人と数える必要があります。
東京と沖縄は人口ざっと1/10ですので、沖縄の1000人が問題なのであれば、東京では1万人で問題にするべきですし、東京の1000人が問題なのであれば、沖縄はかなり大変な状況と言えます。

調査方法の変更も分母が大きく変わる要因です。
人口の数え方も、何百年も前から同じ方法で数えていないと何百年前と比較することが出来ません。調査方法が変更になれば、前との整合性が取れているかを確認する必要があるでしょう。
前よりも幅広く調査できれば、人口は勝手に増加します。自主的な届け出で人口を判断していたのが、義務的に届け出を出させるようになれば、自然と人口は増加します。
昭和の頃の届け出や名前が違うけど働けていた社会と今の社会では人口の数え方は違うんじゃないでしょうか。

分母を伝えないと、分母が何かを理解しないと、分子の大きさの判断が出来ないのですが、世間は“限定”や“人数”のように分母を伝えずに、分子だけ伝えて煽る傾向にあります。
分かりやすく、手っ取り早いので、非常に便利な方法です。

しかし、“限定”と書いてあるだけで商品が売れているときは“限定”という言葉に力がありましたが、今はそれほど力がありそうにないです。
「1日100個の限定商品ですよ‐!」と呼び込むということは、呼び込まないと売れないからです。最近は限定商品が余っていることがよくあります。
“限定”は余っていると価値は半減するので、結構最近はリスクの高い方法のように思います。

言葉遊びの一種である“煽り”はSNSの普及で益々チカラを付けていきました。
「あそこはもう行った?」「行かなきゃ損!」「今は行くな!」とSNSは煽りで溢れかえり、煽りで囲うようになりました。

煽りの一種である“限定”も、ビックリするくらい意味不明なタイミングで使われるようになりました。当たり前のことが“限定”と称して特別のようになりました。

本来は煽っている商品が欲しいのではなく、自分が欲しい商品が欲しいはずです。

それが何かが分からない。という方は分母を意識してみてはいかがでしょうか?
「分母は何か?」
小学校の時に習った分数を今度は数字だけではなく、様々な言葉に変えて活用してみるのです。

化粧品研究者こまっきー

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