昭和生まれ世代はもっとそう思うかもしれませんが、平成4年生まれの僕でも、子供の頃は“出来ない”ことが多かったです。
出来ないことは、どうしようもないこととも言えます。
当時は大きな問題で、大人から見れば小さいことですが、僕は中学生の頃にヘアワックスを使ってヘアセットすることに興味を持ち始めました。芸能人みたいな髪型にしてみたいと思ったのですが、学校の頭髪検査が厳しく、ヘアワックスを使うことすら禁止されていました。
僕が通っていた学校の頭髪検査は、前髪は眉毛にかからない、横は耳にかからない、後ろはカッターシャツの襟にかからないという基準でした。
当時の人気ドラマは“ウォーターボーイズ2”や“野ブタ。をプロデュース”でした。
特に“野ブタ。をプロデュース”で主人公である修二と彰を演じる山Pと亀梨が歌う主題歌“青春アミーゴ”はカラオケに行けば必ず誰かが一緒に歌おうと言って、それに誰かが乗って、二人で歌う曲でした。
そう言えばあの頃は、ゆずやコブクロは勿論ですが、ウエンツと小池徹平がWaTというデュオを組んだり、サスケの“青いベンチ”が有名だったりと、二人組のアーティストが人気になることが多かったように思います。
その中で特に人気だった“野ブタ。をプロデュース”の主題歌“青春アミーゴ”は、曲だけではなく、その曲を歌う山Pと亀梨の髪型も中学生の憧れでした。
前髪と襟足がかなり長めという、韓流ブームの影響で重ためのヘアスタイルが流行っている今では考えられないヘアスタイルを、なんとか厳しい頭髪検査の基準で作ろう考えていました。
“野ブタ。をプロデュース”と検索して、山Pと亀梨の画像を見れば明らかに無理だと分かるのですが、おそらく当時も無理なのは分かっていたんですが、なんとか出来ないか、せめて遊ぶ時にあれに近いヘアスタイルができるように、学校にいる時だけは誤魔化せないかと色々試行錯誤をしていました。
なんとか頭髪検査に引っかからないように、バレない程度にヘアワックスで髪の毛を固めて眉毛、耳、襟にかからないようにしていたんですが、先生は怪しい時は髪の毛を触り、ヘアワックスが付いていたときには頭髪検査不合格だけではなく、トイレに直行して洗い流さないといけなかったりしていました。
他にもちょっと顎を引いて髪の毛が襟足にかからないようにしたり、シャツを引っ張って襟に髪の毛がかからないようにしたり、悪あがきをしていました。
髪の毛の他にも、当時、眉毛は細く薄めが流行っていました。
それもまた禁止されていたので、頭髪検査の時には眉毛の検査もありました。
芸能人でかっこいいと思う人の髪型も、眉毛も真似できず、悪あがきと分かっていながら悪あがきしか出来なかったのが、ほんの20年くらい前の話です。
今の学生の髪型を見ていると、当時の基準では明らかにアウトな髪型の子が多く、ほんと羨ましいです。
その反面、今はこうして禁止されることが少ないことが、逃げ道がなくどうしたらいいのかわからなくなっているのではないかと思います。おそらく、今の子供達の“どうしたらいいのか分からない”ような不安は思春期の頃には誰しもが感じていたことではないかと思います。
小学生の頃までは、怒られたら泣けばよかったですし、怒っているうちに自分の感情がよく分からなくなれば泣いてもよかったです。
それが思春期になると、なぜか泣けなくなります。
すると、よく分からない自分の気持ちを発散することができずに、モヤモヤした気持ちが溜まっていきます。
その時、他に何か意識がいくことがあれば、一旦よく分からないこの感情を棚に上げておくことができます。
髪型と先生のバトルのように、自分以外のことに目を向けることで、ある程度はモヤモヤを誤魔化せることができます。これは時間が解決してくれることでもあるので、棚に上げて、他に意識を向けさせることは結構有効です。そうしなくても、思春期には他に意識を向けようと、悪いことに手を染めやすい傾向があるように、自然と他に意識するものを探しているように思います。
しかし今は子供に注意することを大人が躊躇う社会です。
おそらく今の子供は僕の頃よりも自由な部分が多いはずです。
注意されることが少ない分、よく分からない縛りはかなり少ないと思います。
確かに子供の頃、髪の毛が長かったり染めていた子は、不良が多かったので、その先入観で頭髪検査が厳しかったのは分かります。しかし、目の前にいる子供は、真面目に部活しているとか、普段どんな学校生活をしているのか分かっているだろうに、とにかく髪の毛を長くすれば素行に走るのでダメだと考えられていました。
僕はヘアスタイルに興味を持ち始めて、おしゃれでやっていたんですが、先生からすれば不良の感覚かお洒落の感覚どうかなんて、全然関係なかったんです。
中学生とか高校生を振り返ると、学校や家は厳しく、結構縛りがあったなと思います。
その縛りが嫌で嫌で仕方なかったんですが、もしそれが無かったら、自由だったら、どうなっていたんだろうと考えてみると、歯止めをかけるタイミングは難しくて、どうしたらいいのか分からなくなっていたかもしれないなと思います。自分ではダメだと分かっていても、周りの空気に流されやすいのが中学生や高校生の頃ですので、思わぬ方向に進んでしまっていた可能性はあるでしょう。
かといって、やっぱり嫌なのは嫌だったので、あそこまでの無駄な厳しさに戻すことはしなくてもいいと思いますが、大人ひとりひとりがダメだと思うことはちゃんと注意できる社会に戻すべきではないかと思います。
それがないと、思春期の頃のよく分からない自分の逃げ道や、よく分からない気持ちから抜け出すヒントが得られないのではないかと思います。
今は現実と同じくらいSNSの存在が大きいです。
SNSは注目を集めれれば集めれるほど、人気になれるので、芸能人のような感覚を味わえます。昔のテレビに出ている芸能人よりも、YouTuberは自分に近い雰囲気があります。一般人がYouTubeを始めたら人気になったように感じられるので、テレビの時よりも自分にも出来そうと思う人は多いでしょう。
また、はがきで応募して、オーディションに合格してという、特殊な段階を踏まないといけないわけではなく、ただ動画や配信をして注目を集めることができれば人気になれる、この便利なSNSという場では、自由すぎて歯止めが効かなくなっているように感じます。
注目を浴びれるなら、どんな言葉を使ってもよし、煽ってもよし、どんな画像や動画でも良しとなってしまっています。
これは自由だとも考えられますし、逃げ道がない状況とも考えられます。
一応SNSにもルールはありますが、そのルールは緩すぎて、倫理を守るほどの役割はありません。なので、サムネのタイトルで煽って、大した中身じゃない投稿が増えたり、アダルトよりの投稿をしようと考える人が増えるのでしょう。
冷静に考えれば、「自分はそんな煽りは嫌や。」と思うはずなのに、人気になるためには自分が嫌だと思うことも平気でできるようになってしまいます。
1回やってしまえば、思春期の頃のように歯止めとなる存在がないので、歯止めが効かなくなります。
逃げ道というのは、自分が嫌な時に逃げ込める場所でもあり、自分が倫理から外れた行動をする前に、した後に、逃げ込める場所でもあると思います。
走っている電車が線路によって勝手に進路が変えられるようなことは、時として自分を守り、逃げ道となるはずです。
それが暴走して、大人の好き勝手に、感情のままに子供に当たっていたことが問題になったから、いまこの社会になっているのだと思いますが、ちょっと反対に振りすぎたのではないでしょうか。
訳のわからないルールに縛られていた時代から20年経ち、注意しない怒らない、倫理を無視すれば誰でも人気になれるこの状況を鑑みると、歯止めを効かすのは自分次第になっているように思います。
しかし歯止めを効かすのは、自分一人では難しいです。
それは大人も同じです。
だから大人も歯止めが効いておらず、困っているのではないかと思います。
まだまだ時間がかかるかもしれませんが、どこかで無秩序によって逃げ道がなく、子供も大人も歯止めが効かずに困っていることが話題になるのではないかと考えています。
化粧品研究者こまっきー
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