化粧品研究者こまっきーの語り部屋

化粧品研究者こまっきーが普段考えていることを書き留める、日記のようなもの。

誰も知らない適度の加減。

“適度な運動”に“適度な飲酒量”とよく聞く“適度”ですが、“適度”の加減って誰も知らないんじゃないでしょうか。

調べれば具体的な数値は出てきます。
“適度な運動”なら、安静時心拍数を測り、そこから運動時の心拍数を決めて、どれくらい激しい運動をするか決めればいいと書いてあります。
しかしこんなこと、運動部でなくとも、学校で体育を経験していれば分かることです。
運動している最中に、心拍数を見ながら運動なんて出来ないです。

最近はApple WatchやGarminなどのスマートウォッチをランニングの時に手首につけて走る人がいます。スマートウォッチを使えば、どこを走ったのか、どれくらいの距離を走ったのか、1kmごとにどれくらいのペースで走ったのかが記録されます。
スマホのアプリと連動しているのでスマホでもいいのですが、ランニングする時にスマホは邪魔です。途中で水分補給する必要のない時はスマホだけのためにカバンを持つことになります。普段は気にならないのですが、ランニングの時にスマホは重く感じますし、揺れると鬱陶しいです。
なので、ランニングの時にスマートウォッチを持ちたくなります。

スマートウォッチを装着していると、脈拍も測定することができます。
そのせいか、「運動中の心拍数から、適度な運動を決めればいい。」という話になるのでしょうか。
ランニングをしている時、スマートウォッチは付けていても、見ることは殆どありません。
ランニング中に「どれくらい走ったかな?」と確認することはないです。
「1時間ランニングしよう。」と決めて1時間ぴったりでやめようと思うなら、同じ場所をぐるぐる回らない限り無理です。
走った分戻ってこないといけませんので、時間で止める場合は同じ場所をぐるぐる走る方法になります。しかし、街中でランニングしている人はぐるぐる同じ場所を走っていないでしょう。
「30分過ぎたら折り返そう。」と思って走っていると、しょっちゅう「もうそろそろ30分かな?」とスマートウォッチを見ることになります。
その度にランニングのペースが落ち、呼吸が乱れ、集中力が切れます。

なので走る前から「今日はこのコースを走ろう。」と決めて走ります。
大体何kmくらいかわかっていて、その上で「これくらいのペースで走ろう。」とか「前回よりもペースを上げて走ってみよう。」と考えてランニングを始めます。

“適度な飲酒量”というのも一応数値はあります。
調べれば純アルコール量20gと書いてあります。
純アルコール量20gといえば、生ビール500mlですから生中1杯強もしくは中瓶くらいで、他でいうと酎ハイ350ml1本、日本酒は180ml、焼酎は100mlのワインは200mlです。
僕はお酒が飲めませんが、友達とご飯に行けば、確実にこれ以上飲んでいます。
生中1杯飲んで、「後はソフトドリンクで。」なんていう人は殆どいません。
1杯目の生中はウォーミングアップのように皆さん飲んでいます。

“適度な飲酒量”が書いてあるページには生活習慣病リスクを高める飲酒量の記載もあります。
純アルコール量40gと書いてあるので、生中2杯がギリギリセーフということです。
日常的にお酒を飲んでいる人からすれば、無茶な話で、毎日生活習慣病リスクを高める飲酒量をオーバーしているでしょう。

生活習慣病は自覚症状があることは少なく、検査で引っかかることの方が多いです。
歳を取れば、誰だって何かしらの病気を1つや2つはもっているものです。
生活習慣病の原因は推測はできても特定はできませんので、“適度な飲酒量”の基準を見ている限り、無理やり答えを作っているように感じます。

“適度な飲酒量”の基準をオーバーしている人は病気がちなのかというとそうでもありません。
年配の方はお酒が飲める人は多いですし、飲む量も結構な量を飲みますが、若い子よりも元気で覇気があると思います。
毎日お酒の量はオーバーしているけれど覇気があって元気な人と、お酒の基準をきちんと守っているのに元気がない人と、どちらが健康なのでしょうか。
アルコールは体に負担になりますが、嫌なことを忘れるという心のケアが出来ています。
アルコール量を気にした結果、ストレス発散や嫌なことを忘れるという心のケアが出来ずに、心の負担が増したのではないかと感じています。
気にしながら飲むというのは、体に負担をかけながら、心のケアが出来ないという、どっちのケアもできていない状態になっていないでしょうか。

“適度”とは一体なんなのでしょうか。
僕は、これは調べて分かるものではないと思います。
ランニングのペースは自分の感覚で掴んで、後でスマートウォッチで時速何キロで走っていたかを見るように、走っている時は自分の感覚だけで判断しています。
自分の感覚だけで走った時の時速を、今度はスマートウォッチを見ながら、その時速に合わせて走ろうとすれば、かなりシンドイはずです。
以前は気持ちよく走れたペースのはずなのに、その時速を測定しスマートウォッチを確認しながら走ろうとすると、走れなくなります。
このことからも、“適度”は自分の感覚でしか測れないことがわかります。

その自分の感覚は、その時の感覚です。
ランニングに慣れてくれば、以前よりも速く走ることができます。
調子が悪いと以前よりも走れないです。
今まさに走っている、その時の感覚で「今日はちょっと速く走れそうやな。」とか「今日は体が重いな。」と感じながら、ペースを調整します。

母も祖母もそうですが、何か作業していると「こんなもんで、いっとこか。」と言います。
思っていた通りではないけれど、やるだけのことはやったし、時間も結構経ったし、それならこれがベストとしておこうか、ということです。
これも自分の感覚で決めたゴールであり、適度な状態です。
最近はこの考えがあるでしょうか。
検索をして、出てきた答えになるように必死になっていないでしょうか。

ネットが普及して、スマホが普及して、次はAIが普及していきます。
今でもすぐに調べて答えを探すことができるようになっていますが、これからどんどん調べれば簡単に答えが見つかる時代になっていくでしょう。
そんな時代だからこそ、調べるべき時と、自分の感覚を大事にするべき時を判断できないと、なんでもかんでも調べて出てきた答えを見て生活しようとしてしまいます。
“適度な運動”や“適度な飲酒量”のように、それでは中々難しい毎日です。
大体ああいうのは、当たり障りないことを書いてあるものです。
反対に、豊臣秀吉が何年に天下統一をしたのかは自分の感覚ではわかりませんので調べるしかありません。

自分の感覚を大事にするためにも、忘れないためにも、まずは“適度”を調べずに自分で決めるところから始めてみてはいかがでしょう。

化粧品研究者こまっきー

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